研究内容



強相関電子系の「軌道物理学」


画像 電子間相互作用の効果が顕著な、いわゆる「強相関電子系物質」では、電子の持つ電荷、スピン、軌道の自由度や、格子の自由度が電子相関のために互いに強く絡み合います。特に、これらの自由度のうち電子雲の形状の自由度である「軌道自由度」を持つ物質は、その異方性や軌道間相互作用、他自由度とのカップリング、量子性を通じて、軌道自由度を持たない物質に比べてはるかに劇的で多彩な物性を発現します。例えば、強相関電子系物質の典型例であるペロブスカイト型遷移金属化合物は、同じような結晶構造を持っていながら、遷移金属イオンの違い(d電子数の違い)や、結晶のわずかな歪み、少量のキャリアドープ、温度変化、外場印加といった様々なパラメータでコントロールされる軌道を含む多自由度の競合・協調により、磁気軌道秩序、電荷整列、高温超伝導、異常金属、巨大磁気抵抗、マルチフェロイックスというように多彩な電子状態を示します。

しかし、このような物質や現象を対象とする「軌道物理学」は、物性物理学の新しいフィールドとして大きく発展するポテンシャルを秘めているにもかかわらず、いまだに発展途上の段階であり、踏破された領域は非常に僅かです。その一つの要因は、軌道物理学の面白さの根幹となっている「多自由度の競合が様々なパラメータにより繊細かつ複雑にコントロールされること」そのものが、現象の本質を見抜く困難さを生んでいることにあります。そして、多自由度とその間の複雑な相互作用を扱う理論計算の手法的困難がもう一つの要因としてあります。

このような問題に対して、モット絶縁体や超伝導体、マルチフェロイック物質などを対象に、物質の結晶構造や電子構造を真面目に考慮し、現実の多自由度の競合を微視的かつ正確に記述する精密なモデルを構築・解析するアプローチにより、単純化されたモデルでは解明が困難な強相関多自由度系に特有の興味深い物理現象や劇的な交差相関応答、重要なメカニズムを明らかにする研究を行っています。また、これらの理論モデルの解析には、従来の単純なモデルに適用されてきた計算手法では限界があるため、それらの手法の多軌道系への拡張と適用も行っています。このような研究には、実験系研究室と連携が欠かせませんが、実験結果と理論予測を互いににフィードバックさせることで、現実の物性現象の解明、予測、制御を達成しています。
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今までに取り組んだ研究の具体的な例として次のようなものがあります。

1.モット絶縁体ペロブスカイト型Ti酸化物における磁気-軌道秩序と相転移
2.多軌道型超伝導体 NaxCoO2・yH2Oにおける「超伝導体の軌道物理」
3.マルチフェロイックス物質における電気磁気現象の物理
4.レーザー照射による磁性制御やスピンカイラリティの高速スイッチングの理論

また、このホームページの「最近の研究から」では、いくつかの具体的な研究成果を紹介しています。どうぞご覧下さい。


具体的なテーマ


物質中の多自由度の競合・協調とそれを記述する模型は一見非常に複雑ですが、背後にある物理やメカニズムは非常にスマートで普遍的です。このような多自由度相関系の研究を、実験家と連携しながら、さらに様々な方向へ発展させるために研究に励んでいます。以下に、幾つかの方向性を挙げます。

・軌道の量子揺らぎが生み出す新奇な物性・現象
軌道自由度は格子との結合が強いことから、その古典自由度としての側面がクローズアップされることが多いですが、幾何学的フラストレーションが強い系や相転移点近傍では、その量子性が興味深い物性・現象を引き起こすことが期待されます。軌道の量子揺らぎに由来する次のような重要な問題に取り組んでいます。
・フラストレーション系における量子軌道液体や量子軌道液晶などの新しい量子状態の探索と、その励起・応答の性質の解明
・軌道揺らぎが相転移の臨界現象に及ぼす効果の解明
・軌道揺らぎに起因する超伝導ペアリング機構や、それが実現している超伝導物質の探索

・非平衡ダイナミクスや非線形応答
多自由度相関系の相分離や非平衡ダイナミクス、光誘起相転移や非線形光学応答、外場応答・駆動にも興味を持ち、次のようなテーマに取り組んでいます。
1.Mnペロブスカイトや有機化合物などにおける光照射による短距離秩序(核)の生成と、その巨視的秩序への成長の相転移ダイナミクスや緩和過程の解明
2.磁性と誘電性がクランプしたマルチフェロイックドメイン壁の内部構造やその電磁場駆動ダイナミクスの解明と学理の構築
3.フラストレートスピン系における磁気変調波数ベクトルの縮退に起因する特異なスピンテクスチャ(スカーミオンなど)の励起・応答ダイナミクスの解明
4.多自由度の競合を利用した劇的な非平衡相転移や巨大な非線形光学応答を起こす物質の探索や設計
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・光によるマグノン励起と新しいマグノン物理学
マルチフェロイック物質では、電気磁気結合を通じて光の振動電場成分でスピン波を励起することができます(エレクトロマグノン)。電場のエネルギーは磁場のエネルギーに比べて数桁大きいため、エレクトロマグノンは通常の磁場誘起マグノンでは難しい強励起が可能です。このような強励起されたマグノンは、非線形な相互作用によって、劇的な協同現象や非自明な動的相転移現象を起こす可能性があります。例えば、マグノンボーズアインシュタイン凝縮、マグノンレーザー(発振)、負の屈折率、光誘起磁気相転移、マグノンチェレンコフ放射などの興味深い現象を理論的に探索し、新しいマグノンの物理学の開拓にチャレンジしています。また、ラマン共鳴を使った遠赤、可視、紫外光レーザーによる磁性やスピンテクスチャの制御・スイッチングの方法を理論的に探索しています。

・他の物質系や物性現象の拡張
今までの軌道物理学の対象は、主に「絶縁体における磁気軌道秩序」、「金属絶縁体転移」、「Mn系の巨大磁気抵抗効果」など限られた物質や現象に留まっていました。例えば、超伝導体や有機化合物、マルチフェロイック物質における軌道自由度の効果は、対象となる物質例がほとんどなかったこともあり、真面目に考えられてきませんでした。ようやく最近になって、Co酸化物超伝導体や鉄砒素超伝導体の超伝導現象や、マルチフェロイックMnペロブスカイトの電気磁気現象に、軌道と他自由度のカップリングが重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。そのような背景のもと、多種多様な系(例えば、有機化合物や生体蛋白質、冷却原子気体)や現象(例えば、光誘起相転移や交差相関物性)において、軌道と他自由度との競合・協調がどのような役割を果たしているのかを調べています。